幸先の良い土砂降り

昨日、シンガポールを無事出港しました。 出港後しばらくして、時間雨量100ミリを超える土砂降りに。 視程も数百mになり、周りに見えていた貨物船の姿がなくなり、ドキドキしました。 雨雲は、マラッカ海峡を挟んで西側のスマトラ島でできて押し寄せてきた南北に数百km規模のかなり大規模なものでした。 インド洋から海大陸域全体としてみても、調査対象となりそうな雨雲が広がっています。 観測航海に出ると、とにかく雨雲が広がっている事自体にとても癒やされます。

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ミライを真上から見下ろす@シンガポール港

モテサクです。 明後日から始まるインド洋観測航海を待ちつつ、R/V Miraiはシンガポールの港に停泊中です。 島から島へ渡るゴンドラリフトが、丁度、停泊している岸壁の真上を通っていたので、こんな素晴らしいアングルからの「みらい」を見ることができました。 今日と明日、もう少し出港の準備をしたら、いよいよ長い長い45日間の旅が始まります。 今回集まった研究者や大学生達もとても良い雰囲気で、ハッキリ言って良い予感しかしない! いや、色々きっと大変なこともあるだろうけど、モテサクは光しか見ない! と意気込みつつ、シンガポールの強い日差しに若干、目をヤラれております。 明日はサングラスして出歩こう。。。

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頻発する梅雨末期の豪雨は地球温暖化のせいなの?

  2017年梅雨末期は、立て続けに各地で豪雨が発生してますね。主な4つは次のとおり。 1.7月5−6日九州北部の大雨(福岡県朝倉市で2日間総雨量586.0ミリ、気象庁によって平成29年7月九州北部豪雨と命名) 2.7月17日新潟県の大雨(佐渡市両津付近で1時間に約110ミリ) 3.7月22-23日秋田県の大雨(2日間総雨量300ミリ以上、雄物川では、川の水が堤防を越え、2万人に避難指示) 4.8月1日神奈川県の大雨(海老名市で1時間に120ミリ、綾瀬市を流れる蓼川2カ所で氾濫、約10万人に避難勧告) 1日以上同じ場所で大雨が続いたり、ごく短時間に猛烈な雨が降ることで、現状の治水の限界を超えてしまうと、被害が大きくなります。 このとき、多くの人から寄せられる素朴な疑問の一つが 「これらの豪雨は地球温暖化のせいなの?」 ってこと。 でも、科学的に真摯なら、その疑問に対して簡単に「YES」とは言わないはずです。 例えば、 「数十年以上の長期的な傾向として、日本でも大雨の日数が増えていることは確か。 その傾向が生まれる原因として地球温暖化が関係している可能性は高い。 しかし、個々の大雨について、地球が温暖化していなければ絶対に起こらなかったか、と言われればそうとは言えない。」 という感じ。 こうした答え方は誠実です。 でも「ちょっとスッキリしないし、回りくどいし、他の人に説明しにくい」と思う人も多い。 こっちからすると、なんとなく言葉を濁しているわけでは全然ないのです。 個別の大雨事例に対して、 地球温暖化が具体的どのように関わっていたかを科学的に誠実な態度で示すには、 その証拠を集め、多角的に検証することがどうしても必要です。 では、結局「わからない」ということで話が終わりでいいのか。 いやいや。 過去の豪雨事例については、地球温暖化との関係という視点で検証する研究がちゃんとあります。 例えば、5年前の2012年7月11−14日に九州北部で発生した平成24年九州北部豪雨。 熊本県阿蘇乙姫で4日間の総降雨量800ミリ以上、死者行方不明者合計32名、住宅の全壊・半壊合計1000棟以上の豪雨。 これについては、「海洋の温暖化」との関係が検証されています。 この豪雨について、東京大学・長崎大学・防災科学研究所・海洋研究開発機構の研究グループは、東シナ海の海面水温の影響に注目した検証を行いました。検証の手順は、大きく3段階に分けられます。 ①平成24年九州北部豪雨の4日間の降水分布を、実際に観測された気象条件と海洋条件を全て使ってコンピューター上でシミュレーションします。 図1 平成24年九州北部豪雨の(a)気象庁レーダーによる降水分布と(b)実際の気象条件と海洋条件を与えたシミュレーションによる降水分布。左から7月11日、12日、13日、14日の日雨量。Manda et al. (2014)より引用。 まず、①でこの豪雨事例が、現在のシミュレーション技術で十分に再現できる、という大前提を確認します。 この前提が得られなければ、「この豪雨に対する温暖化の影響」を検証しようとしても手段がなくなっちゃうので。 ②その豪雨のシミュレーションを、気象条件は同じままで、東シナ海の海面水温を6月並に低くした条件と8月並に高くした条件に置き換えて、結果を比較します。 図2 平成24年九州北部豪雨の(a)6月から8月まで季節的に上昇していく水温をそれぞれ与えたシミュレーションによる降水分布と(b)シミュレーションごとの九州全域平均の4日間総雨量(棒グラフ)および東シナ海南部の領域平均した海面水温(オレンジの四角)。Manda et al. (2014)より引用。 次に、②のシミュレーション結果(図2)を比べると、海面水温の上がり下がりに対して、明らかに降水量が増減し、この豪雨の発生に対して、海面水温の条件が重要であったことが示されました。 ③東シナ海の海面水温を温暖化の結果として予測されるいくつかの推定値(現在より2℃前後上昇した分布で28℃以上の水温の領域が拡大)に置き換え、気象条件は同じままでやり直してみて、九州全体で平均した総雨量値を比較します。 図3 平成24年九州北部豪雨のシミュレーションを様々な海洋条件で行った九州全域平均の4日間総雨量。PCは、現在気候(Present Climate)の条件、40、90は、2040年代、2090年代の温暖化予測結果を条件に用いたことを示し、SとAのラベルは、それぞれSSTだけ、もしくは気温の鉛直分布だけを置き換えたことを示す。水色、オレンジ色、灰色の棒グラフは、それぞれ32種類の温暖化予測結果を条件に用いた中での最小値・平均値・最大値を示す。Manda et al. (2014)より引用。 さらに、③で様々な海洋条件でのシミュレーションの結果を比べて、温暖化に伴う東シナ海の水温上昇によって降水量は30%〜45%も増大しうることが示されました。一方、Aのラベルがついた棒グラフに注目すると、海面水温は同じままで、温暖化で予測される気温だけを上昇させた条件で行ったシミュレーションでは、明確な降水量の変化は起こっていません。 このようにたった一つの事例の豪雨に対して、温暖化との関係を検証するには、具体的な大雨のできるプロセスに対して、様々な仮説を立てて一つ一つ見ていく必要があることがお分かりいただけると思います。一口に「温暖化」と言ってもその中身を具体的に考えてみると、「気温が1℃上がるのか、2℃上がるのか、日本付近のどこであがるのか、水温が1℃上がるのか、2℃上がるのか、全体的にあがるのか、分布が変わって平均値として上がるのか」といった条件次第で、豪雨に対する影響は大きく変わってきます。平成24年九州北部豪雨の場合は、「気温の温暖化」ではなく、「海面水温の温暖化」と関係していることが検証されましたが、どの豪雨についても同じことが言えるとは限りません。 それは、雨をもたらす積乱雲が、どうやってより長く維持されていたか、どうやってより強く発達したか、といった気象条件・海洋条件が、それぞれの豪雨の事例によって違うからです。「どうして雨の量が増えたのか」という同じ疑問に答えようとしていても、多くの事例で共通した基本的なプロセスと個々の事例によって特殊な条件が重なった結果のプロセスを分けて考える必要があります。個々の事例の特殊な条件に対して、さらにその条件に対して「温暖化の影響の有無」を検証することはとても難しくなります。しかし、一方で、基本的に共通した雨のできるプロセスに対しては、気温や海水温の条件を変えてシミュレーションしてみることで、雨の増減だけを確かめれば、「温暖化の影響の有無」を検証することができます。 では、「基本的に共通した雨のできるプロセス」とはどのようなものでしょうか?日本で発生する多くの豪雨に共通しているのは、「線状降水帯」とよばれる積乱雲の長い列が長時間同じ場所で維持されることによって、特定地域での総降水量が結果的に大きくなるということです。強い雨をもたらす積乱雲は、実は一つ一つは、寿命が1時間程度で大きさも10㎞四方がせいぜいです。従って、たった一つだけ、非常に発達した積乱雲がたまたまできただけでは、豪雨になることはありません。次々にたくさんの積乱雲が同じ場所ででき続けた結果として、「線状降水帯」として強靭で巨大な組織が結成されて同じ場所に居座り続けたとき、その場所で豪雨となるわけです。 図4 気象庁レーダーによって観測された平成24年九州北部豪雨発生時の降水分布(2012年7月14日8時40分)。気象庁のホームページよりダウンロードしたレーダー解析雨量分布に一部改変。 「線状降水帯」の中で積乱雲の列が維持される仕組みは、「バックビルディング(後方形成)」とよばれます。平成24年九州北部の場合、4日間で線状降水帯が何本も形成されていました。図4は、その一例で7月14日朝8時40分の降水分布です。九州西方海上の地表付近は、暖かく湿った南西風が九州に向かって吹いていました。積乱雲の一つ一つは、地表付近の風向きに対して風上になる南西端でできて、風で流されて北東方向へ動きながら成長していきます。線状降水帯の横から見てバックビルディングが起こる様子を模式的に描いた図が、図5です。 図5 バックビルディング(後方形成)の模式図。世界気象カレンダー2014の記事より引用。 よく「暖かく湿った南風が流れ込んで雨が降る」と言われますが、湿り方には、東シナ海の海面水温が大きく影響しています。海面水温が高くなると、含まれる水蒸気の量が大きくなり、積乱雲ができやすくなります。また、雨が持続するためには、その原材料である水蒸気の量がそもそも大きくなければすぐ途絶えてしまいます。つまり、バックビルディングによる線状降水帯の維持される時間は、南風によって運び込まれる水蒸気の量で決まります。そして、その水蒸気の量は、東シナ海の海面水温の高ければ大きくなります。だから、海洋の温暖化によって、平成24年九州北部豪雨のような事例が、将来さらに起きやすくなるだろう、と予測されるわけです。 たった一事例の豪雨に対してでも、これだけの具体的なプロセスを一つ一つたどって、温暖化との関係を検証していく必要がある、ということがお分かりいただけたでしょうか?最後に、今年の2017年7月5日に発生した平成29年九州北部豪雨について、東シナ海の海面水温の影響はどうだったのか、について状況証拠を一つ示します。図6に示すように、東シナ海の海面水温は、熱帯並の水温27℃以上の領域が広く分布していて、全体的に例年よりも2−3℃高くなっていました。どのような仮説を立て、どのような検証を行うべきか、平成24年と今年の違いは何か、など様々な課題に対して、温暖化の観点も勿論含めた上で検証していくことが必要です。 図6 過去30年平均の海面水温に対する2017年7月5日の海面水温偏差の分布。気象庁のホームページよりダウンロードした分布に一部改変。

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醜さを隠さない率直さが何よりも眩しい

先日乳ガンで亡くなった小林麻央さんの報道にまみれて、異色な記事が多くの知人にシェアされているのを読み、その先まで行ってみた。 記事にも感銘を受けたが、著作も凄かった。 ガン闘病云々とは関係なく、多くの人が救われる著作だと思う。 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52200 彼女失格 恋してるだとか、ガンだとか ‪松さや香 著 「醜さを隠さない率直さが何よりも眩しい」 笑ったり、同情したり、泣けたり、イラついたり、を小気味好く繰り返しながら、乳ガン闘病の凄絶な現実を時系列で共に生きていくような傑作。 ガン闘病に対して刷り込まれて来た「愛と絆で乗り越える美しい感動ドラマ」に著者自身が苦しみながら、それらを笑いに変え、湧き上がる醜い依存心を正確に公にする。 闘病の告白のフィルターを通して綴られた現実は、意外にもガン闘病と関係なく誰しもが抱く心情と葛藤を軽妙に浮き彫りにしていて、本当に見事で哀しくも爽快な読後感だった。 ここまで自分の内側を隠さないで書かれた文章は正直初めてで、私にとっては、醜さを隠さない率直さが何よりも眩しく見えた。 元になったこのブログはその後も同じ調子で続いている。 http://blogs.elle.co.jp/allblogs/

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Pre-YMC観測期間中のMJO通過時に 劇的に発達したスマトラ西岸沖バリアレイヤーの形成過程

2017年度日本気象学会秋季大会 講演要旨 茂木耕作・勝俣昌己・米山邦夫・安藤健太郎・長谷川拓也 (海洋研究開発機構) 1. はじめに 2015年11月から12月にPre-YMC観測キャンペーンの一環としてスマトラ島西岸約55km沖合(南緯4度、東経102度、水深500-800m)で観測船みらいによる定点観測が行われた。当該海域では、継続的な日変化対流によって海洋表層の水深20mまでが極めて低塩分であり、強い表層の成層構造によって海面水温が上がりやすい。また、沖合200㎞ほどにある海嶺構造によって外洋と隔てられているため、流速が極めて小さい(0.2m/s以下)。こうした特徴の海域における大気海洋相互作用の具体的な過程はほとんど研究がなく、また、海洋モデルにおいても表現しにくいのが現状である。 Pre-YMC観測後半ではMJOの通過が捉えられ、同時に海洋の塩分成層によって形成されるバリアレイヤー(等温層深と等密度深の差)の劇的な発達が観測された。12月13日の24時間でバリアレイヤー層厚は5mから60mになり、17日までの5日間で最大85mまで急激に発達した。本研究では、バリアレイヤーの形成過程について、MJO到来前までの表層の淡水流入とMJO到来後の塩分成層の鉛直混合の影響を中心に調べた。 2. 結果 図1は、観測船「みらい」の定点における密度と塩分鉛直傾度の鉛直時間断面である。ここでは、10mを参照深度として等密度層深度(MLD、⊿σ(S, T+0.2℃)、破線)と等温層深度(ILD、⊿T=0.2℃、点線)で定義し、0-10mの表層にも強い成層があるため、10mと6mの密度差から表層淡水化指標(図1aの上部の棒)を設定した。 ILDの変動に注目すると、12月13〜17日までのMJO以外に、11月26〜30日と12月4〜7日の2回の大気擾乱に伴う深度増加が見られる。一方で、MLDはMJO以外ではほとんど変動していない。これは、参照深度とした10mよりもさらに浅い表層の淡水化によって強い塩分成層が維持されていたためだと考えられる。すなわち、MJO以外の弱い大気強制では、表層の温度成層のみが緩和されてILDは20mほど深まるが、塩分成層が解消しきらないためにMLDが深まらず、20mほどのバリアレイヤーが形成されている。 しかし、MJOの西風バースト(地表風速約10m/s)に伴う強い大気強制によって、表層の塩分成層も解消され、MLDがILDの一日遅れで深まっている。表層に強い塩分成層がある場合は、このMLDとILDの深まりの時間差が生じるため、結果的にバリアレイヤーの急激な発達が起こると考えられる。 そうしたバリアレイヤーの形成過程は、水平移流や水平流シアの小さい条件下で、鉛直混合が主要であったことと整合している。図1bは、塩分鉛直傾度時間変化項で、バリアレイヤーが厚くなる期間には、上層に負、下層に正のペアが現れている。これは、上層の塩分成層の緩和分を鉛直混合によってより下層へ輸送する過程と整合する分布である。さらに、淡水流量の正負の変動(図1b上部の棒)とも整合的であり、この海域の海洋表層が鉛直一次元的に大気に応答していたことを示している。 図1:研究船「みらい」のCTD(3時間毎) による深度時間断面図(a)密度(kg/m3)、(b)塩分鉛直傾度の時間変化(×10-1 psu/m/day)。(a)の上部は、水深6-10mの密度鉛直傾度(kg/m4、表層淡水化指標、右軸)、(b)の上部は、淡水流量(×10-1 m/day、降水と蒸発量の差、右軸で海洋に流入する成分を正)を示す。破線と点線は、水深10mを基準に0.2℃相当の密度差で定義された混合層、水温差0.2℃で定義された等温層。太い実線は、29℃の等温線で示されている。全ての変数は、潮汐変動を除くために24時間の移動平均をかけた。 3. まとめ Pre-YMC中に捉えられたMJO通過時のバリアレイヤーの形成過程として、MJO到来前までの表層の淡水流入とMJO到来後の塩分成層の鉛直混合の影響を中心に調べた。MJOの西風バーストに伴う強い大気強制によって、ILDは一気に深まったが、表層の強い塩分成層があったため、MLDの深まりは一日遅れになり、バリアレイヤー層厚が増大した。こうした一連の過程は、現状の海洋客観解析では、表層の鉛直分解能が不十分なためにうまく表現されていない。また、観測解析においてもMLDやILDの参照深度10mとする場合が多いが、0-10mの層における成層の強さによって過程が異なることを考慮した解析が今後必要である。

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科学とはこういう事だ、という迫力と凄みの詰まった渾身の一冊

  「雨はどうやってできるの?」という素朴な疑問を人は古代から繰り返し抱き、今なお検索フレーズで300件以上が完全一致でヒットしている。   この純粋な疑問のパワーが如何に強力であり続け、結果として、科学が古代からどのように論争を繰り返してより良い結論に近付こうとし続けてきたのか、その壮大なストーリーが綴られるこの本は、知識や見解や課題だけを解説するものとは完全に一線を画した傑作である。     科学が世界で最も信頼される理由は、単なる思い込みの科学信仰ではなく、「決して断絶せずに失敗も成功も含めて知恵を積み上げてきた歴史の長さと連続性」にこそ、信頼の根拠が置かれているとモテサクは思う。   多様な価値観の人々が共有できる事実から出発して、自由に失敗し、成功し、論争し、検証を重ねる事によって、1人の人間には、決してなし得ない全体としての謙虚さを維持しているのが、科学だ。   科学だから盲信すればいいのではなく、科学だからこそ謙虚さを要求され続けるが故に生まれる信頼感があるという事。     それが、「雨はどうやってできるのか?」というシンプルな疑問を300ページも要してひたすら古代からどのように挑まれてきたのかが描かれる、すごい本です。   三隅さんの人柄通り優しい筆致ながら、科学とはこういう事だ、という迫力と凄みの詰まった渾身の一冊。  

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沖縄の梅雨をややこしくする境界線

今年の梅雨は、6月半ばになってもなかなか梅雨前線が北上してこなくて、まだ沖縄の南で横たわっています。   6月半ばというと、沖縄の梅雨はそろそろ明けてもいい頃合いなのですが、随分な暴れっぷりで、残念なことにAKB48総選挙のビーチ開催も中止になってしまったようです。   ところで、こんな状況でよく見られるのが、モテサクが10年前に発見した「水蒸気前線」。 当時のモテサクはヤツが現れるたびに「またまた出現!」とはしゃぎまわっていましたが、10年もたつと気象予報士の中でも覚えててくれてる方が増えて、逆に出現報告をしてくださることも。   大陸の夏と南洋の夏がせめぎ合ってできる境界線が、雨雲の列となって石垣や沖縄本島の付近に現れるのは、通常は5月が多いのですが、今年は6月半ばになってもまだ決着がつかずに揉み合っているようです。   この決着がいつどのように着くのか、そのとき九州や本州にどうやって梅雨前線が北上してくるのか、みなさんの自由な視点で是非おっかけてみてください。   雨雲レーダー:   気流分布:   梅雨前線の正体本文78ページ「モテサクの大発見!の巻」立ち読みPDF:   気象衛星ひまわりの雲画像:   気象庁天気図: http://www.jma.go.jp/jp/g3/images/jp_c/17061706.png

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ナゼ教育勅語は廃止されたの?〜教育基本法の制定の1年後に失効決議が衆参両院で全会一致だった理由〜

幸か不幸か教育勅語が再び注目を集め、僕らは良い面も悪い面も含めて改めて学び直すとても良い機会を得たと思います。 教育勅語の批判には内容的なものもあるけども、公式なものとしては、昭和23(1948)年6月19日の衆参両院の全会一致で排除失効決議がなされたことがあります。 教育勅語活用に野党反発=「国会決議違反」と抗議 時事通信 4/4(火) 15:09配信 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170404-00000077-jij-pol なるほど、たしかにGHQの占領下である中とはいえ、公式な決定で失効決議で廃止、とは、かなり大きな出来事です。 しかし、全会一致で衆参両院が決議する、とは、一体どういう経緯でのことだったのか、理由がいまいちぴんときません。 その経緯ずばりが、日米の公式文書および当事者インタビューが下記の書籍に淡々と記述されていました。 日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと 高橋史朗 著 http://amzn.to/2nNpjFB P155に教育基本法の制定 なぜ教育勅語は廃止されたのか という記述があり、公文書に基づく経緯が記されています。 戦後制定された教育基本法(現在の改訂がなされる前のもの)は、制定に携わった人物のインタビューによれば「新しくできた教育基本法の中に教育勅語の西進は引き継がれている」と証言されています。 条文を見てもその箇所は見受けられないのですが、実は、幻の前文があり、そこに「伝統を尊重して」という文言に始まる教育勅語を反映した部分がありました。 しかし、GHQのJ.C. トレーナーという教育課長補佐がその前文の削除を命じたため、教育勅語を反映した要素が失われました。 削除を命じたトレーナーの言い分は、「伝統を尊重する」というくだりはどういう意味かを日系人通訳にたずねたところ、「封建的な世の中に逆戻りするという意味だ」という個人的解釈を付け加えてしまったため、教育基本法と教育勅語は部分的に切り離されてしまった、ということです。 しかし、教育基本法が制定された際には、まだ教育勅語は廃止されておらず、相互補完的に扱われていました。 教育基本法が制定された当時の国会議事録からみると、 “「教育勅語と教育基本法の関係はどうなのか?」という予想質問に対する文部省の答弁は「教育基本法は法律、教育勅語は道徳」となっています。道徳が土台になって、その上に法律がある。だから教育勅語と教育基本法は補完併存関係にある。” となっていました。 ところが “昭和23年6月19日に衆議院と参議院は全会一致で教育勅語の排除失効決議を行っています。なぜ教育勅語が廃止になったのでしょうか。” それは、当時の文部大臣田中耕太郎の教育勅語に関する発言として 「戦争に負けたからといって教育勅語を改める必要はない。戦後も教育勅語は大事な指導理念である」 というものが、GHQの民政局に目をつけられたためでした。 GHQは当時徹底的に日本の内部の弱体化と無抵抗化を達成するための命令を無数に行っていたため、そのうちの一つとして下記の手がうたれます。 “ジャスティン・ウィリアムズという国会課長が衆議院と参議院の文教委員長を呼び出して、口頭命令で教育勅語を廃止するように命じたのです。 なぜ口頭命令かというと、指令として出すと公にわかってしまうからです。それではまずいと考えたのでしょう。口頭命令という世間にはわからないところで廃止を命じたのです。つまり、隠れた押し付けです。” これに限らずこうした押しつけは、日本国憲法制定から始まり、無数に存在し、最近流行った映画の「海賊とよばれた男」などの石油確保に対する圧力でも分かるように、今更目新しい話ではありませんが、当然、教育勅語廃止もそうだった、ということです。 “だから、日本国民は誰も、教育勅語の廃止が占領軍による命令だとは知りませんでした。日本人が自らの手で国会決議によって自主的に廃止したものだと思ってきたのです。” 参考の追記:2017年4月11日放送のプライムニュースでその経緯が同じように説明されています。40分目、および52分目からの馳前文部科学大臣と長谷川三千子埼玉大学名誉教授のやりとりが該当部分。 完全に、日本国憲法制定経緯とやり口が同じです。 しかし口頭命令なのにどうして裏付けられたのか? “私はそのジャスティン・ウィリアムズの文書をメリーランド州立大学にある「プランゲ・コレクション」の中から発見しました。プランゲというのは真珠湾攻撃を描いた『トラトラトラ』の原作者です。彼が寄贈した資料がメリーランド州立大学にあるのです。そこには、新聞も雑誌も図書もマンガも、検閲される前のものと検閲後にはっこうされたものがありました。また、なぜ検閲されるにいたったかを記した英文の資料がすべて含まれていました。 この「プランゲ・コレクション」は今日、日本でも公開されてみることができますが、私はメリーランド州立大学の大学院博士課程に在籍していた半年間、その「プランゲ・コレクション」を整理するアルバイトをやりました。これが私の占領史研究のスタートになりました。 そこでジャスティン・ウィリアムス文書を発見したのです。これは私のアメリカでの研究で一番劇的な発見でした。私が見つけた資料には「HRドラフト」と書いてありました。最初、HRは人名の頭文字可と思いました。しかし、HRという頭文字に該当する人物はいくら調べても出てきません。何の意味だろうと長い間考えていましたが、わかりませんでした。そのとき、ふと”House of Representatives”(衆議院)の略ではないかと思いつきました。それで「そうか!衆議院の教育勅語の廃止決議案なのだ」と気づきました。 その文書の下のほうを見ていたら、民政局のケーディスのメモがありました。そこには”Let’s go amended ink.”(修正したインクの案でいきましょう)と書いてありました。それが目に入り、修正したというのはどこを修正したのだろうとずっと文書を追っていくと、「詔勅の理念」という文字が目に飛び込んできました。 ” 結果として、ジャスティンから口頭命令を受けて、国会で教育勅語の失効排除を決議するに至ります。 しかしその決議も、あいまいさたっぷりのなんだかよくわからないもので、決議していて、実は、教育勅語そのものを断罪するような感じではありません。 「詔勅の根本的理念が主権在君並びに神話的国体観に基づいている事実は、明らかに基本的人権を損ない、かつ国際審議に対し疑義を【なしとしない】」 【なしとしない】という語尾、つまり、あるともいえるし、ないともいえる、うたがわしいと勘ぐられちゃうかなあ、、、ま、なきゃないでいいけど、ぐらいの言い回しで玉虫色にされているのです。 というわけで日本語ではGHQの口頭命令に対してそのまま「はい、その通りでございます」と受け入れるのではなく、決議はさせられちゃうのは仕方ないとして、内容は、全否定じゃない、というところでふんばろうとしたわけです。 ところが、GHQは決議の英訳で【なしとしない】に対応する”might”(mayかもしれないの過去形で濁す表現)を削除してしまい、「明らかに基本的人権を損ない、国際審議に対して疑義がある」と断定文にしてしまいます。 その結果、教育勅語には本来なんの法的拘束力ももともとなかったにも関わらず、憲法違反の詔勅ということになってしまったのです。 教育勅語のもともとの起草に関わった法制局長官の井上毅が山縣有朋総理に宛てた手紙の中で、「政治上の君主の命令ではなく、君主の私的な著作物である、公的な詔勅ではない」と意図を書いています。 起草にあたっては、キリスト教の教典的な戒律に近い強制的規範を書こうとした人物もいたようですが、井上毅はそれを明治天皇の名を使って国民に押し付けるようなことに断固反対し、さらに公的な命令的要素を極力排除して、社会一般の普遍的な道徳を明治天皇という権威の私的著作物、と位置付けました。 そうしたことが完全にGHQによってないがしろにされた結果、日本人自らの手で、自分達の大事にしてきた道徳規範を排除させられてしまったわけです。 こうした経緯は、教育勅語のような象徴的な文書として起草から廃止までの物証が残っているものであれば、検証が可能ですが、それが不可能なことがらも含めて、GHQは無数の圧力をかけて、日本社会全体を徹底的に弱体化し、制度や教育、住宅、言論、学術、工業などあらゆるところでアメリカに対する無抵抗化プログラムを埋め込んでいきました。 7年間のGHQ占領政策でそうした弱体化計画に特化した関連公文書だけで数万以上あり、全く逐一検証しきれていません。 効果をもたらしたプログラムもあれば、あまり意味がなかったものもあれば、やがて時が経つにつれて形骸化していったものもあれば、逆に時を経て余計に効果が強くなったと思われるものもあり、断定的に言えることはまだ多くありません。 しかし、GHQがそういう方針であった、ということは、間違いのない客観的な事実です。 全てそれのせいにしてしまっては思考停止ですが、その前提は常に頭に入れておかなければいけないことだということが、この教育勅語廃止の経緯からはっきりと理解できます。

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日本の科学技術関連予算は減っていないけど、現場は何故大変なのか?〜Nature記事のNHK報道から考えてみた〜

日本の科学技術関連予算は総額で減っていないし、論文の質も下がっていない。という文科省統計と相反するNature index 2017 Japanの記事がNHKで報道されていた。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170323/k10010921091000.html ・研究予算額の推移。 ・研究予算の伸び率と他の予算の伸び率の比較。   ・論文一本当たりの予算額と論文の質を表す被引用度の主要国間比較。   現場の研究者の多くは、運営費交付金(組織ごとに当てられる経常経費・定年制職員人件費が大きい)が年々減っている、という現実に照らし合わせて、NHK記事に納得する面もある。   一方で、その減った分以上に競争的資金(科研費や委託など、任期制職員人件費も含むプロジェクト型予算)は増えており、トータルでは科学研究振興費として微増(約1.3兆円、うち文科省が0.87兆円)を続けている。   質の高い論文数がNatureインデックスではここ数年で減少している、という警告のようですが、主に、競争的資金への比重を一気に大きくしすぎて、運営費交付金という足腰の土台を支える環境の悪化が原因です。   施設の老朽化、電気代含めた維持費の高騰、研究者を影で支えた技官や事務職の急減など、競争的資金を過度に増やすと研究者を逆に孤立無援に追いやりかねないから、日本や英国は、そのバランスを保とうとするタイプの国です。   米国は競争的資金割合が元々高く、その前提でみんな動いているので、それはそれでありですが、バランスを急に変化させると齟齬が生じやすい、ということです。   ようするに勝ち組・負け組格差が付きやすい予算体系に徐々に移行していることの賛否と正負の両側面が色々と出てきている過渡期ではあるのです。たしかに。モテサクだって色々不満はあります。 ・ ・大学の内部資金(交付金等)と外部資金(科研費等)の割合の推移 http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/06/25/1359307_2_1.pdf   と、実は、Natureの原文の記事には誠実に書かれている。 http://www.nature.com/nature/journal/v543/n7646_supp/full/543S10a.html NHKの記事における条件をきちんと特定しないまとめ方にはいささか疑問があります。 元の記事の本質的意図は、単純に数が減ったとか、そういうことだけを言っていません。 http://www.nature.com/nature/journal/v543/n7646_supp/full/543S7a.html 日本の論文の全体シェアが減っていることに対しては、「アメリカやイギリスと同様に中国の圧倒的なシェア増加率に押し込まれて」としている。 China’s rapid growth has meant that Japan is losing its share of the world’s science output, along with other countries whose output is growing less spectacularly, such as the United States and the United Kingdom. (中国の急速な成長は、日本が世界の科学生産のシェアを失っていることを意味しており、米国や英国のように驚異的ではない成長を遂げている他の国々と一緒になっている。)   なのにNHK記事では、予算総額が減って論文数が減ってシェアも減った、というふうに読めてしまう。 記事としてシンプルに、という意図だとしても、省いてはいけない条件の文章を削っており、あまりにもミスリーディングです。 また、今まであまり意識しなかったのだが、政府全体としては、当然文科省だけでなく、環境省も経産省も研究開発予算があり、防衛省もわずか1200億円ながら研究費があって(そのうちたった100億が防衛省外からも応募できる公募となり、ぐ、軍事研究解禁・・・?という過剰な反応でざわめいた)、その政府研究開発関連費総額は3.5兆円にものぼる。 ・府省別科学技術関連予算   対GDP比では、0.68%で他国と比べると、米0.76%独0.82%仏0.82%英0.54%で遜色ない。 ・主要国研究開発費の対GDP比。左は総額、右は国防関連を除去。下の表は民間も含めた研究者総数。   さらに、日本は軍事研究を学術会議が否定する、という世界でただ一つの変わった国なので、防衛関連を除く統計もあります。 防衛関連を除く対GDP比では、0.62%で他国と比べると、米0.16%独0.71%仏0.61%英0.41%で、なんと見事に同じ敗戦国の日本とドイツだけが最も高水準。 米国は国防研究除くとなんと0.16%!!英国も0.41%で、科学論文の質も量もトップ2を多くの分野で走る英米は、明らかに国防研究との強い連携関係が科学界全体の質を底上げしている国だからこそ、こういう数字になるんでしょうね。 こうした状況も、ちゃんとNatureの記事の原文には書かれていて、「日本の対GDP比の研究費は高いにもかかわらず」として、運営費交付金と競争的資金のバランスの崩れからポスドクが増えて、常勤スタッフが減っている問題を丁寧に書いている。 While Japan’s spending on research and development as a share of GDP is among the world’s highest (topped only by South Korea and Israel ), the government’s budget for science…

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