日本の科学技術関連予算は減っていないけど、現場は何故大変なのか?〜Nature記事のNHK報道から考えてみた〜

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日本の科学技術関連予算は総額で減っていないし、論文の質も下がっていない。という文科省統計と相反するNature index 2017 Japanの記事がNHKで報道されていた。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170323/k10010921091000.html

・研究予算額の推移。

・研究予算の伸び率と他の予算の伸び率の比較。

 

・論文一本当たりの予算額と論文の質を表す被引用度の主要国間比較。

 

現場の研究者の多くは、運営費交付金(組織ごとに当てられる経常経費・定年制職員人件費が大きい)が年々減っている、という現実に照らし合わせて、NHK記事に納得する面もある。

 

一方で、その減った分以上に競争的資金(科研費や委託など、任期制職員人件費も含むプロジェクト型予算)は増えており、トータルでは科学研究振興費として微増(約1.3兆円、うち文科省が0.87兆円)を続けている。

 

質の高い論文数がNatureインデックスではここ数年で減少している、という警告のようですが、主に、競争的資金への比重を一気に大きくしすぎて、運営費交付金という足腰の土台を支える環境の悪化が原因です。

 

施設の老朽化、電気代含めた維持費の高騰、研究者を影で支えた技官や事務職の急減など、競争的資金を過度に増やすと研究者を逆に孤立無援に追いやりかねないから、日本や英国は、そのバランスを保とうとするタイプの国です。

 

米国は競争的資金割合が元々高く、その前提でみんな動いているので、それはそれでありですが、バランスを急に変化させると齟齬が生じやすい、ということです。

 

ようするに勝ち組・負け組格差が付きやすい予算体系に徐々に移行していることの賛否と正負の両側面が色々と出てきている過渡期ではあるのです。たしかに。モテサクだって色々不満はあります。

・大学の内部資金(交付金等)と外部資金(科研費等)の割合の推移

http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/06/25/1359307_2_1.pdf

 

と、実は、Natureの原文の記事には誠実に書かれている。
http://www.nature.com/nature/journal/v543/n7646_supp/full/543S10a.html
NHKの記事における条件をきちんと特定しないまとめ方にはいささか疑問があります。

元の記事の本質的意図は、単純に数が減ったとか、そういうことだけを言っていません。
http://www.nature.com/nature/journal/v543/n7646_supp/full/543S7a.html

日本の論文の全体シェアが減っていることに対しては、「アメリカやイギリスと同様に中国の圧倒的なシェア増加率に押し込まれて」としている。

China’s rapid growth has meant that Japan is losing its share of the world’s science output, along with other countries whose output is growing less spectacularly, such as the United States and the United Kingdom.

(中国の急速な成長は、日本が世界の科学生産のシェアを失っていることを意味しており、米国英国のように驚異的ではない成長を遂げている他の国々と一緒になっている。)

 

なのにNHK記事では、予算総額が減って論文数が減ってシェアも減った、というふうに読めてしまう。

記事としてシンプルに、という意図だとしても、省いてはいけない条件の文章を削っており、あまりにもミスリーディングです。

また、今まであまり意識しなかったのだが、政府全体としては、当然文科省だけでなく、環境省も経産省も研究開発予算があり、防衛省もわずか1200億円ながら研究費があって(そのうちたった100億が防衛省外からも応募できる公募となり、ぐ、軍事研究解禁・・・?という過剰な反応でざわめいた)、その政府研究開発関連費総額は3.5兆円にものぼる。

・府省別科学技術関連予算

 

対GDP比では、0.68%で他国と比べると、米0.76%独0.82%仏0.82%英0.54%で遜色ない。

・主要国研究開発費の対GDP比。左は総額、右は国防関連を除去。下の表は民間も含めた研究者総数。

 

さらに、日本は軍事研究を学術会議が否定する、という世界でただ一つの変わった国なので、防衛関連を除く統計もあります。

防衛関連を除く対GDP比では、0.62%で他国と比べると、米0.16%独0.71%仏0.61%英0.41%で、なんと見事に同じ敗戦国の日本とドイツだけが最も高水準。

米国は国防研究除くとなんと0.16%!!英国も0.41%で、科学論文の質も量もトップ2を多くの分野で走る英米は、明らかに国防研究との強い連携関係が科学界全体の質を底上げしている国だからこそ、こういう数字になるんでしょうね。

こうした状況も、ちゃんとNatureの記事の原文には書かれていて、「日本の対GDP比の研究費は高いにもかかわらず」として、運営費交付金と競争的資金のバランスの崩れからポスドクが増えて、常勤スタッフが減っている問題を丁寧に書いている。

While Japan’s spending on research and development as a share of GDP is among the world’s highest (topped only by South Korea and Israel ), the government’s budget for science and technology has essentially remained flat since 2001. Meanwhile, other leading research nations such as Germany , South Korea and China have significantly increased their spending.

(日本のGDP比での研究開発費は世界で最も高い(韓国イスラエルだけである)一方で、政府の科学技術予算は2001年以来ほぼ横ばいで推移している。一方、ドイツ韓国、中国は大幅に支出を増やしている。)

Since the early 2000s, the Japanese government has reduced the funding for universities to pay staff salaries, including cutting the management expenses grant programme by about 1% a year between 2004 and 2014. As a result, more than a third (33) of national universities have not filled tenure positions after professors retire, and have stopped hiring new staff or placed researchers on contracts, according to the Japan Association of National Universities. The World Premier International Research Center Initiative (WPI)’s International Center for Materials Nanoarchitectonics (MANA) in Tsukuba, for example, plans to eliminate 30 of its 70 postdoctoral positions during 2017.

(1990年代に導入された政府の政策は、競争力を強化するために1万人の博士研究員を輩出し、問題を複雑化する可能性がある。政府はこれらの研究者の多くが民間部門で働くことを意図していたが、意図せざる結果は学界に多くの部分が留まっていたことである。2012年までにポスドクの数は政府の目標を超えて急増しました。これは学術界で1万6000人を超えています。この問題は、政府が2000年代初頭に大きく投資した生命科学において最も深刻である。その結果、ポストドックはしばしば、ますますまれな恒久的な研究ポジションの提供を待って、あるポジションから別のポジションに向かっています。)

落合 陽一さんの表紙がカッコよすぎてとても話題になっているのはいいのだが、NHK記事の表面的な書き方にはかなり強い違和感を覚えてしまった。

文科省統計、政府研究開発費総額、などは、検索すれば割とさくっと見つかるので、色々みなさんも調べてみると、驚くことはまだまだたくさんあると思います。

研究者総数は83万人で、アメリカの126万人についで英30独22仏16の三国を足した数より多い。とか。

 

実は、民間が結構多いんですね。日本は。

英国は、大学の超絶エリート一辺倒、っていう感じで、民間の産業は弱いのでほとんどいない。

けど、とにかく大学の超絶エリートはすごいので質の高い論文数は予算規模以上に多い。

という各国のカラーが予算からよく見えてきます。

たとえば
科学技術関係予算平成29年度当初予算案及び平成28年度補正予算について
http://www8.cao.go.jp/cstp/budget/h29yosan.pdf

https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia250121/03.pdf
の131ページから134ページくらいまで。

資料1-2 科学技術・学術の現状について (PDF:3708KB) – 文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu0/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2014/06/20/1348822_04.pdf
この資料の5ページに欧米との研究費総額やGDP比も一覧になってます。

民間と政府を足した研究費総額は、17兆円(対GDP3.7%)で、米33兆円(2.8%)、独8兆円(2.8%)、仏5兆円(2.2%)、英3.5兆円(1.8%)に比べると、すごく予算的に重視してると言えます。

・主要国の民間と政府の研究費総額と対GDP比。

 

モノづくり系の民間がどんくらい論文をいわゆる科学雑誌に投稿してるのかわかりませんが、国全体の総合力としては、やっぱり科学技術立国と言えます。

それが科学技術[研究論文]立国かっていうと、それは英国なんでしょうが、それは文科省の政策や、あるいは省庁間をまたいだ連携の在り方、さらに国防研究アレルギーで不当に排除してきたことなど、克服すべきことはたくさんあるでしょう。

あと、ネイチャー記事で、成長著しい中国、ですが、やはり伸びまくっているのが、宇宙[Astronomy]ですよ。

いやーー、コワいわ。いまや攻撃目的の軍事衛星で宇宙空間を埋め尽くさんばかりの中国の宇宙研究が異常な成長率で伸びまくっている。

ちなみに、毎年20%伸びている中国の15兆円の軍事費には、宇宙も含めた研究開発予算は含まれてないわけで、NHKはそういうことも警告を発して頂きたいです。

motesaku
気象楽者 海洋研究開発機構 研究員 東京学芸大学教員養成課程 非常勤講師(地学実験・気象楽プログラム担当) 39歳 気象楽者。 2012年「梅雨前線の正体(東京堂出版,2015年現在3刷り)」を上梓し、気象学を童話的ストーリーで「文系だから・・・」と苦手意識を持つ人達にこそ伝え、楽しみ、共に考える取り組みを始める。 しかし、ただ親しみ、楽しむだけでは、天気・気象に「受け身」のまま、情報に振り回されてしまう人が多いことに気付き、「能動的」に天気と付き合い、向き合うための活動として、「サイエンスパフェ」を始める。 2013年「天気と気象についてわかっていることいないこと(ベレ出版)」を上梓し、気象学と日常生活を楽しみながら能動的に結びつけるための方法を提案する。 2014年4月「ニコニコ超会議・ニコニコ学会β」に登壇し、4万人の視聴者の前で「JAMSTEC・・・大丈夫か」と心配される。 NHK教育テレビ「学ぼうBOSAI」の出演・製作を経験し、災害情報発信の在り方を模索する中、講演依頼の増加に伴って、全ての人が災害を倒すためにできることに向き合う「災害バスターズプログラム」を立ち上げる。 生い立ちや赤裸々なプライベートはこちらを。 モテサク伝説@storys.jp

3件のコメント

  1. 良く纏まっているサイトどうもありがとうございます。

    ところで、政府発表によると確かに名目で「科学技術関連予算は減っていない」ですが、平成26年に増税されているわけで、その分、増えてないので、実質目減りしていることになるのではないでしょうか。来年また増税されると、更に苦しいことに・・・

    1. コメント有難う御座います。おっしゃる通り、増税に関してを考慮した実質額はどうなっているのか、どうなっていくのかは、現場にとってはより重要で深刻なことですね。

      「減らすのはけしからん」という意見は同じでも、名目、実質に関する客観的な事実の把握の前に相対的な印象論を先行して批判するのは、科学者であるなら避けるべきだろうという思いでまとめました。

      特に、海外との比較を行うなら、日本で防衛・軍事関連の科学研究がほとんどないのと、軍拡の延長上で爆発的に科学研究費を伸ばしている国とで同じ土俵じゃないことは、広く認識されるべきことだと感じました。

  2. ・海外では院生に給料が出るが日本は出ない
    ・ノーベル賞受賞者が何故か研究費を集めるためにマラソンに参加している
    ・研究費がドイツを下回った

    本来の意味で批判的な視点で良いと思いますが
    もっと現実の問題に目を向けるべきではないでしょうか?先進国の中で上記のような状態に陥ってるのは日本以外では聞きません。
    また下記の点も考慮が必要だと思います。

    ・国内産業が投資している研究は既存の技術の
    延長ばかりで多数の発想が求められる分野には
    金が回らない。
    例:
    演算処理装置(先進国)と記憶装置(日本)
    有機EL他次世代表示装置(先進国)と液晶拡大(日本)
    ・先端技術に必要な研究費が過去の比ではない。
    ガルマニウムやシリコンといった基礎素材の研究ではガラクタを集めて作った700万円の研究機材でノーベル賞を取れる成果を出せました。今はナノメートル級の操作ができる技術や肉眼で見ると200平方m以上に広がる重複の無い回路などとなり費用が100倍以上の億単位になります。
    ・研究室にしがみつく必要がなく日本への執着が無い研究者は海外に渡航している

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