「今の研究が何に役立つのだろうか」という疑問に対するモテサクの答え


「今の研究が何に役立つのだろうか?」

 

モテサクは学生の頃から
ずっと今でもその疑問を抱えながら
研究をしています。

 

例えば、MJOの発生や東進の仕組みについて、
ある一事例を調べて何か分かっても、
普遍的な答えじゃないだろうし、
過去の一事例にすぎない何かが
部分的に推測満載で説明したところで、
それがなんなんだろーか、
というのが、
今のモテサクの正直な現状です。

 

ただ、僕は自分の取り組んでる
課題とか事例に対して、
不思議を感じて説明したい
という欲求があって、
その説明を進化させられたら
楽しいという自分がいて、
その説明に批判・評価を含めて
食いついてくれる誰かがいる
(無視はされない)なら、
学問に対して僕が何かしら
ささやかな「変化」を起こしているわけで、
そのことが学問そのものの健全さに対して
大事なことなんじゃないかと思っています。

 

誰かが役に立ててくれたことを
直接知れたら勿論嬉しいですが、
役に立っているかどうか知れない場合がほとんどで、
もっといえば、
役に立たず無駄であるまま
学問を構成する小さなピースとして
日陰に居続ける場合がほとんどだと
自覚して研究してます。

 

それでも「これに役立つ」とは宣言したり、
宣伝したりしますが、
実際、それで本当に役立ってくれたらいいけど、
役立たない場合がほとんどだという現実を
それほど悲観的には見ていません。

 

例えばYoutubeで僕は
全ての学会発表や防災啓蒙活動などを公開していますが、

 

 

どれが誰にどう役立つのかは
全く意識していないし、
そのほとんどは無駄でもいいと思っています。

 

役立つかどうかより、
学問に対して僕が何かしら
ささやかな「変化」を起こしているかどうか、
それにモテサクは
楽しさと意義を感じています。

 

モテサクが勝手に感じる楽しさが
「学問分野そのものを成長させる貢献」
とみなしていて、
結果的にはそういう
「無駄になっても全然いーけど
この不思議は超面白い」
くらいのモチベーションでやってる研究の方が、
後々役に立つものが多いと
勝手に思っています。

 

モテサクにとっての実例で言えば、
例えば「黄海高気圧の発見」とか、
例えば「水蒸気前線の発見」とか、
後々にはお役立て頂いているけど、
研究していた当初は
「これに役立つ」
という意識はむしろ希薄でした。

 

(でも「役立つはず」と
宣伝はしたし、
信じてもいたし、
その根拠は?というと、
オレが超楽しいんだから
間違いないっすよ、
という感じ)

 

でもパソコン上で表示した
何十万枚という図は、
モテサクの怠慢により、
ムダなままディスクの肥やしに
なっています。

 

そうやって100発色んな方向に打ってみると、
ある程度認識はされるのが10%、
評価されるのが1%、
99%はムダという感じです。

 

でもエジソンじゃないですけども、
たまたま評価された
1%さえ知ってもらえたら、
割とたくさんの人が後々に
ムダと思われた99%の
ムダに見えた成果にも
目を向けてくれるようになり、
その積み上げてきた過程をストーリーとして
参考にしてくれる人もいます。

 

そうなればムダな99%も
なんらかの価値として
誰かに貢献しているのかもしれません。

 

とはいいつつ、
最初から国民の血税を出資金として、
必ず役に立つことをしますから!!!
と懇願して研究させて頂く身分であることに、
無自覚・無責任・能天気なのか、
というとそこまで非常識ではないつもりです。

 

「天気予報をよくするために
このお金をつかいなさい」

 

というのは分かり易い設定だし、
現実にそういう研究は沢山あり、
モテサク自身は国としてもっともっと
お金をかけるべきだと思っています。

 

いくら気象庁の職員一人ひとりが優秀でも
あんな低予算と少人数では、
気象災害で毎年数百人が
犠牲になり続ける現状を変えろと言っても、
限界があると感じます。

 

でもとにかく、今ある予算で、
「天気予報をよくするために
このお金をつかいなさい」

という場合。

 

もし予測精度向上の研究成果が出たならば、
直接的な貢献としては、
それを踏み台に予測精度の次元を
さらに高みにいける状態へ
人類を進化させたということ
じゃないかと思います。

 

それが大事なのは当然です。

 

でも結構あるのが、間接的、事後的に、
予測精度向上の研究成果が、
特定の現象の不思議だった部分を
明らかにすることに繋がっていく、
ということです。

 

ある現象の不思議が明らかになったところで
役に立つのかどうかは分かりませんが、
そういう知恵の集合体が学問であり、
その背骨があってこそ、
役に立つ技術を洗練させることができます。

 

学問全体としてムダなものも含めて
成熟していればいるほど、
現実社会に対して
その学問分野が貢献しやすくなっていく。

 

勿論、あるかどうか分からんものに
出資してられんだろう、
という国もあるとは思います。

 

けど、日本は、
経済的に大国であると同時に、
自然災害の大国でもある現状は、
何百年経っても変わりません。

なので、最後に、

モテサクのようなズボラな

研究者の存在を モテサク自身は、

「必要な存在だ」

と信じて自己弁護して、

認めてあげて、

今日は何にもまともな

成果出てなくても

明日また頑張れ、

お前ならイケる、

という感じで 日々過ごしております。

 

「今の研究が何に役立つのだろうか」

ズボラなモテサクのアタマも

そんなちゃんと健全な疑問が 湧いてきますが、

その疑問に対するモテサクの答え。

 

ある人が送ってくれたメールに

「自分が大学にかつていた頃、

その疑問がずっとあって、

モテサクはどう考えているのか、

聞きたい」 と書いてくれたおかげで、

モテサクはその疑問に

向き合うキッカケを

得ることができました。

 

というわけで。

 

もし良かったら、

研究者への素朴な疑問など、

お寄せ頂けたら、

お応えすることが

モテサクにとっても

とても有り難いことだと、

知っておいて頂けると嬉しいです。

 

モテサクは明らかに

二流の研究者ですが、

「超一流のモテサク」

であることを

結構大事にしたいなとも

思ったりしています。

 

なんだそりゃ?

 

そのネタ本を最後に

ご紹介しておきます。

 

『超一流の二流をめざせ!』

長倉顕太 著 サンマーク出版

2015年9月4日発売

<はじめに、第1章のサキ読みページ>

https://www.sunmark.co.jp/books/sakiyomi/index.php

サンマーク出版「サキ読み」への登録件数歴代1位

「残酷なまでの現実を観てからでしか

『自分の人生』は始まらない」

テーマは、「世界一残酷な成功法則」。

「残酷」というのは、

カッコつけてる

ムダなプライドの塊の自分にとっての

「残酷」。

 

でも現実を知り、

自分を知れば、

自然と自分のための戦略が開けて、

誰かの価値観の中ではなく

「超一流のモテサク」を

突っ走ればいーんじゃねーの、

となる。

というのを「サキ読み」だけでも、

納得してもらえるはず。

https://www.sunmark.co.jp/books/sakiyomi/index.php

著者の発売までの 3か月間を追った

ドキュメンタリー動画

https://www.youtube.com/watch?v=O6T-3YVSlE4

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